古典派シンフォニー

百花繚乱

 

ウィリアム・ボイス

William Boyce 1711-1779


 ヘンリー・パーセル(1759-95)が没した後、イギリスの音楽シーンを支えたのはヘンデルであり、ジェミニアーニであり、18世紀の後半に入ってから公開演奏会を開いたヨハン・クリスティアン・バッハ、またはC.F.アーベル。そして世紀の末にロンドンで12曲のシンフォニーを発表したJ.ハイドンと、全て国外の音楽家に頼りっぱなし、というイギリスのイメージがありますが、ここで紹介するボイスは、ロンドンのシティー生まれの純国産の、生前高い評価を受けていたこの時期のイギリスを代表する作曲家です。

 1711年生まれ。セント・ポール大聖堂の聖歌隊員からボイスのキャリアが始まります。変声期以降は、同大聖堂のオルガニスト、モーリス・グリーンの弟子となり、丁稚が開けた後はロンドン各地でオルガニストを務め、25歳の時に王室礼拝堂の作曲家になります。オルガニストや指揮で演奏活動を行いつつ、1740年代50年代には、娯楽のための音楽、歌曲、教会音楽、そしてオペラや仮面劇のための劇場音楽とさまざまなジャンルに筆を染めています。1757年にはグリーンの後任として王室楽団の楽長に任命され、ここでは主に新年や王室の誕生日のためにオード(頌歌)を作曲しました。

 オラトリオ〈サウルとヨナタンを悼むダビデの哀歌〉、〈聖チェチーリアの日のオード〉を聴くと、ヘンデルと聴き違うほどの厳格な対位法による合唱や、メロディアスなアリアがちりばめられていて、イギリス音楽の伝統がボイスの音楽の中に確かに息づいていることを実感することができます。

 1760年から73年にかけては、前世紀最高の教会音楽を3巻の選集〈大聖堂の音楽〉にまとめています。ボイスはイギリスの音楽家としての自覚から、過去の遺産へ敬意を表し、伝統を重んじる態度を大切にしていました。

 後年には耳疾が悪化し思うようにオルガンが弾けなくなり、時代の要請にも応えられなくなってゆくのですが、チャールズ・バーニーも言うように、「この時代の賞賛され、敬愛される作曲家」であったボイスは、性格も高潔で、イギリス音楽に対する我々が抱く期待を裏切らない、格式と礼儀正しさをもった作品を残してくれました。

【W.ボイスの肖像画】


[ウィリアム・ボイスのシンフォニーを聴く]

シンフォニア 第1番 変ロ長調「新年のオード」


 ボイスが作曲した数々のオードや劇場音楽の序曲などから、それらを編纂するかたちで、1760年に〈8つのシンフォニア〉が出版されました。

 各曲につけられた「ソロモン」や「花冠」、「羊飼いの運命」などのサブタイトルは元曲を現しています。

 8曲のシンフォニアには1735年から56年にかけて書かれた作品が混在しています。後半の4曲は古い時代に書かれたもので、フランス風序曲もしくはイタリア風序曲から始まり、ガヴォット、メヌエット、ジグなどの舞曲が続くバロックの様式で書かれています。

 ここで聴く第1番には「新年のオード(万歳めでたき日)」とサブタイトルがつけられています。国王付き楽団の楽長は、新年と国王の誕生日のためのオード(頌歌)を毎年作曲する務めがありました。ヘンリー・パーセルの時代からこの種のオードづくりが作曲家には課されていて、パーセルも、その特筆すべき高貴な美しさで知られる、メアリー女王Ⅱ世の誕生日のため、そして葬儀のためのオードを書いています。

 さて、ボイスのシンフォニア第1番は、1756年に書かれたすがすがしい作品です。第1楽章は新年の開けた佳き日を讃えるオードの序曲に相応しい明快な曲。第2楽章は、哀愁あるメロディーがフルートの響きとよく合うト短調の音楽。第3楽章はジグ調の快調な作品です。 プレジャー・ガーデンを正装で散策しているような、くつろぎの時間、浮き立つ心。なんと晴れやかで心地の良いシンフォニアでしょう。

(2018.6.4)


【関連動画】

W.ボイス:シンフォニア 第1番 変ロ長調「新年のオード」

イングリッシュ・コンサート、トレヴァー・ピノック(指揮)☆