古典派シンフォニー

百花繚乱

 

ヨーゼフ・レオポルト・アイブラー

Joseph Leopold Eybler 1765-1846


 アイブラーは現在ウィーン国際空港のあるシュヴェヒャト(Schwechat)に生まれ、若いときには苦学を強いられましたが、ハイドンが遠縁にあたるということもあって、この大作曲家から援助を受けるという幸運に恵まれました。

 モーツァルトとも親交があり、オペラ〈コジ・ファン・トゥッテ〉の初演時には歌手の指導を任され、その後「手短に言えば、これほどの新進作曲家に並び立つ相手がいないということです。」と締めくくられる推薦文を認められるほど、高く評価されています。

 アイブラーの手記にも、「モーツァルトの臨終のときまで親密な交友を続け、最後の闘病の間、ずっと看病の手伝いをした」と書かれています。

 モーツァルトの没後、妻コンスタンツェはアイブラーに〈レクイエム〉の完成を依頼しました。セクエンツィアのオーケストレーションのほとんどを完成させながら、あとの補筆は師匠に対する畏敬の念が強すぎ荷が重いと感じたのでしょう、同じくモーツァルトの弟子であったジュスマイヤー(Franz Xaver Süßmayr)の手に委ねられました。

 このようなモーツァルトとの交友から今日名が知られているアイブラーですが、その後はウィーンの保守的な面を代表する地位を歴任。宮廷の恩寵を得て、1835年には皇帝により貴族に叙せられています。

 モーツァルトのレクイエムを完成させることのできなかったアイブラーですが、1803年にはマリア・テレージア皇妃の要請で〈レクイエム ハ短調〉を作曲。その翌年にはサリエリの元、宮廷楽長代理に任命されています。1810年には皇帝からオラトリオ〈最後の4つのこと〉の委嘱を受けます。この大規模な作品の台本は当代随一の劇作家ヨーゼフ・ゾンライトナー(Joseph Sonnleithner)によるもので、聴き応えのある大作は録音で聴くことができます。1824年にはサリエリの後をついで、宮廷楽長に就任しました。

 音楽的な実力もさることながら、人柄の謙虚さ、誠実さから信頼を勝ち得て登り詰めた地位ですが、この同じ街にベートーヴェンやシューベルトがいたことを思うと、かつて栄え文化面でも先端をいっていた宮廷が、この時代には形骸化していたことを証明するかのような人事、といっては皮肉が過ぎますでしょうか。

【J.L.アイブラーの肖像画】


[ヨーゼフ・レオポルト・アイブラーのシンフォニーを聴く]

シンフォニー 第2番 ニ短調


 人の良いアイブラーらしい話ですが、〈コジ・ファン・トゥッテ〉の稽古に立ち会う中で、劇場内のさまざまな陰謀を目の当たりにして、オペラの作曲はしまいと決心したという手記が残されているとのこと。

 その代わりに彼は宮廷との関わりの中で「ミサ」や「オッフェルトリウム」など多くの宗教作品を作曲しました。室内楽の編成を見ると、ヴィオラに偏重された作品が多く、内声を重視したこれら室内楽作品の響きを体感してみたいと興味をそそられます。

 さて、シンフォニーですが、ジュネーブ室内オーケストラが2005年に2曲録音、リリースしています。その解説によれば、2曲とも1780年代の終わり頃に作曲されたものと推測されるとのことです。

 そのディスクから第2番を聴きました。

 このシンフォニーは5つの楽章からなります。第1楽章はニ短調の序奏がついていて、主部はニ長調のソナタ形式。シンコペーションと16分音符の掛け合いによる生き生きとした音楽。第2楽章は諧謔的なリズムのずれのおもしろいメヌエット。トリオの部分は木管楽器の合奏、主部もピッチカートだけの場所があったりと工夫されています。第3楽章はセレナード風なテーマがとりどりの楽器によって奏でられる優雅なアンダンテ。第4楽章はトランペットとティンパニーが参加するセレナードにみられるような典型的なメヌエット楽章。フィナーレもシンコペーションが多様されるおどけたノリのよい楽章です。ピッチカートの上で木管楽器がコンチェルタントに絡み合う第2テーマはかなり楽しい。第1テーマの再現は展開部の中に組み込まれていて、こんなコンパクトなつくりのソナタ形式は聴いていて嬉しいものです。

 ところでこの曲をニ短調とするのには異議ありで、最初の1分間の序奏以外はニ長調主体の、明るく晴れやかなセレナード的な作品になっています。この曲も他のアイブラー作品同様、ヴィオラが2声部に分かれて書かれています。

(2018.2.28)


【関連動画】

J.L.アイブラー:シンフォニー ニ短調 より第1楽章

ジュネーブ室内オーケストラ、M.ホフシュテッター(指揮)☆